ストライキ差止の仮処分申請は違法 鈴鹿さくら病院に賠償命令
2月28日、津地裁において、実施中のストライキを仮処分裁判を利用して止めた鈴鹿さくら病院に対する、損害賠償請求裁判の判決が言い渡された。
午前10時半、山下隼人裁判官から「被告は原告ら各自に165万円およびこれに対する平成24年8月20日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え」と主文が読み上げられ、続いて判決理由が述べられた。
裁判官は、「団交は非組合員への賃金増額支給問題を解明するためになされていて、義務的団交事項に当たる。ストライキは病院が団交において不誠実な対応をした事からなされた、正当なストライキである。ストライキは組合が患者の生命・身体の危険を配慮して行われ危険性はなかった。ストライキの差し止めは、病院が患者の生命・身体の安全確保にむけ真摯な努力をした上でなお具体的な危険がなければできないが、いずれも無い。仮処分申請は組合からの追及を封じるための手段で、組合の正当な争議権を侵害した。よって病院に故意・重過失がある。不法行為があったことから病院に損害賠償義務がある。組合はストライキを中止させられ争議権を封じられたことにより、無形的な損害を受けた。その額は各150万円が相当であり、弁護費用は各15万円が相当である」と、述べた。
傍聴席から大きな拍手が巻き起こり、閉廷した。
分会が2012年8月20日から5日間の部分ストに突入したところ、病院がストライキを禁止する仮処分裁判を申請し、津地裁が無審尋でスト禁止の決定を出し、3日目以降のストライキを中止させられ、直後に病院が裁判を取り下げたことから争われてきた。
この裁判は病院が直接の相手であったが、同時に仮処分決定を出しストライキを止めた裁判所を相手にした闘いでもあった。裁判の度に裁判所前で「仮処分決定は津地裁の恥だ!司法による不当労働行為だ!」とシュプレヒコールを上げ続けてきた。
その結果、完全勝利の判決を勝ち取ることができた。今後、病院に判決を受け入れるよう、ストライキを背景に迫る方針だ。
判決の意義は大きい。使用者が行う仮処分申立に故意・重過失があれば損害賠償の対象になるということだ。間接強制を求める悪質な経営者に対する反撃の武器にもなり得る。
ストライキを禁じられた賠償として330万円の支払い命令を勝ち取り、争議権の価値が認識された意義も大きい。
広岡 法浄(ユニオンみえ書記長)
長崎で西日本春闘討論集会を開催 非正規労働者の闘いを中軸に
2月22日〜23日の両日、「14春闘・西日本討論長崎集会」が長崎地区労会館で開かれ、全国11都府県、22労組、120名が結集し、春闘勝利、アベノミクスの労働破壊との闘いを確認した。
長崎は労働運動発祥の地である。歴史によれば、1890(明治3)年、長崎港外の高島炭鉱で、炭鉱夫が賃下げに抗議して暴動を起こし、軍隊が鎮圧に出動した。この事件は、近代的炭鉱での最初の闘いとして知られる。また日本最初の労働組合(期成会)を立ち上げ、日本労働運動の父と呼ばれる=高野房太郎出生の地・長崎で、春闘討論集会を開くことの意義は深いものがあった。
集会ではその高島炭鉱で働き、落盤事故で生き埋めを体験し、九死に一生を得た炭鉱夫を父にもつ高口美和子(郵産ユニオン長崎)支部長が、歓迎のあいさつを行い、全労協の中岡事務局長が14春闘方針を提案し、基調講演として、中川拓弁護士が、「安倍の労働破壊との闘いと郵政の課題」と題して問題提起を行った。
また、開催地から、「岡まさはる記念長崎平和資料館」運動を、理事長で長崎大学名誉教授の高實康稔先生が報告した。この記念館はいわゆる原爆被害の資料館ではなく、アジアへの加害責任を問う、日本で貴重な資料館である。
また、脱原発を闘う電力労働者からの問題提起を、全九電同友会の川瀬事務局長が行い、九電の実態の告発を行った。また、長崎県の公務職場での労組結成5年で200名を組織し、差別と雇止めと闘う、元鉄建公団訴訟原告団の野口さんが報告した。
さらに米軍基地の町・佐世保から、全国一般合同労組・前佐世保副支部長の篠崎さんが労組と反基地闘争の連携として報告した。
集会では、2日間で20名を超える発言者が実態を語った。わけてもJAL解雇撤回裁判原告団の鈴木圭子事務局長から、5月の高裁判決には必ず勝利したいと述べられた。
最後に、大阪全労協の山下議長が、「春闘勝利へがんばろう」と集会のまとめを行い、盛況のうちに集会は終わった。
西日本春闘討論集会は20年の歴史の中で、初めての長崎開催であったが、地元事務局(郵産ユニオン長崎、長崎全労協)、さらには九州内の全国一般・全国協の尽力によって熱気あるものとなり、全国からは「長崎でやってよかった」と言ってもらえたことは、喜ばしいものとなった。
中島 義雄(長崎全労協議長)
日日刻刻 非正規率37.4%に上昇 (2.10〜20)